途上国赴任に家族を連れて行くかを考えるときに、1番に考えるのは子供たちへの影響でしょう。
特に価値観という意味では、日本での生活だけでは得られない体験、経験も多かったように感じています。
良い意味で方向性が変わる体験だと思っています。
通常では味わえない帯同生活
途上国での生活は日本での生活とは大きく異なります。
例えば、水道水を決して口に入れてはいけません。食器をすすぐ際にも注意を払います。
移動も必ず車です。徒歩はあり得ません。
とても些細なことですが、日本では子供たちにとっては大きな気づきとなる場合が多いのではないかと思います。
そもそも途上国だけでなく、海外を住居とするという点ですでになかなか経験できない体験をしています。すごく簡単な例でいえば、飛行機です。
長女は3,4歳くらいの頃、飛行機に乗るのが怖くて搭乗ゲート前で泣き出してしまうこともありました。何とか泣き止ませて飛行機に乗せたときの苦労は今でも忘れません。
飛行機に乗るのがトラウマになっていたらどうしよう、、、そう思っていたこともあります。
しかし、途上国赴任すると年に3回程度は日本や近隣国に家族を連れ出します。
最初のフライトはとても緊張していたようですが、複数回こなすうちにだんだん慣れてきました。
基本的に目的はバカンスですから、長女はノリノリで飛行機に搭乗します。
飛行機や移動に対する恐怖心は簡単に消すことができました。
赴任地であったバングラデシュは日本からの直行便もなかったので、トランジットを何度も経験しましたが、今やおちゃのこさいさいです。
もちろん旅行に連れまわるような家庭であれば同じような経験ができるかもしれませんが、生活のルーティーンであったことは個人的にはラッキーだったと思っています。
貧困に接する際に重要なことを直感的に理解
次に、世界の貧困層の真実に直感的に触れることができます。
少なからず、私たちは「途上国」と聞くと、電車の中づり広告にある「可哀そうな女性たち、子供たち」の像が浮かぶこともあると思います。
しかし、それを額面通りに受け取ってはいけない場合もあります。
例えば、交差点で車が停車すると、物乞いや物売りがやってきます。物売りには娘たちと同世代の女の子もいました。
彼女は「ボス、このシールを買ってくれ。1枚1ドルだ」といって、ドラえもんなどのキャラクターが書かれたシールを母国語でない英語を巧みに使って売りつけようとしてくるのです。窓越しにその必死さが伝わってきます。
『なんて一生懸命に生きているんだ!』
『この子たちは学校に行けてないんではないか?』
『シールはどこで調達しているんだ?』
『それほどやせ細っていないな、ご飯は食べれているのかな?』
など、大人であればいろいろなことを考えるでしょう。
そして他の駐在員から「物乞いや物売りは現地マフィアの回し者だ。惨めに見えるように自ら腕を切り落としている人もいる。」と聞かされ、『ちょっと怖い』と感じるわけです。
しかし、娘たちは直感的にその同世代の女の子たちを『怖い』と感じたそうです。
おそらく私たちが『懸命に売っている』と見えていたものが、娘たちには『強烈な押し売り』に感じたのでしょう。
もちろん本当に困っている貧困層(Ultra Povertyの層などは特に)はあり、その人に対する手当は必要でしょう。現場をしっかりと理解したうえで、素晴らしい支援をしている団体もあります。
しかし、「国全体」や「エリア」を見たときに、必ずしも「貧困」=「かわいそう」で考えてはいけない部分がある、ということを感じたと思います。
富裕層の生活を体験
日本では決して富裕層とは言えないレベルの人間ですが、現地では当然富裕層の生活が身近になります。
例えばドライバー付きの車があり、メイドがいるという生活です。
「そんな恵まれた生活を体験すると横暴になるのでは?」と思われる方もいらっしゃると思いますが、親が彼らに対する接し方を気を付けていれば、子供たちは無邪気にどうふるまえばよいかを理解します。
特に途上国は家族ぐるみの付き合いを重視するので、現地の有名企業の社長との会食に家族を連れて行くようなこともあります。
娘たちが将来どのようなステージで活躍するかわかりませんが、富裕層相手の商売をする際や、格式の高い場に幼少期から触れられるというのは貴重な体験であったと思います。
もちろん娘たちの経験は娘たちのものです。私が語れる部分は少ないと思いますが、娘たちに聞いてみるとこういったことを思い出すそうです。